目が覚め起き上がると同時に、肩にかかった何かが滑り落ちる感覚を覚えた。
床にかがみ落ちた物を拾い上げ、それがブランケットだと気付く。
その頃にやっと意識が覚醒してきて、自分が酔い潰れて眠ってしまっていたのだ、と理解した。
営業中と同じように弱く照明がつけてあるらしく、あたりは薄暗いが、まわりが見えないほどではなかった。



自分たちの他に客はもういないようだ。
今は何時だろうか、と腕時計を見れば既に真夜中と形容するにふさわしい時刻を指していた。
前を見れば、酒瓶やグラスはすっかり片付けられていて、代わりに小さなメモ用紙が一枚置いてあった。

そこには、起こすのが忍びなくそのままにしておいたこと、自分は上にいるので起きたら知らせてほしいというような旨のことが書いてあった。
この店はここ数年幾度となく通っていて、店の主ともよく会話を交わす。
次の日に会議などがあって日付が変わる前に店を出なければいけない際は、その旨を彼に伝えるようになっていた。
今日はそのようなことを言ってなかった為、起こさなかったのだろう。
普段なら彼の気遣いに感謝していたところだったろうが、今日は一緒に来た相手が相手だったので、何だか複雑な気分であった。




隣を見れば、中国がまだ小さな寝息を立てている。
酒で酔い潰れたとは思えないくらい、穏やかな寝顔。自分より遥かに長く生きている筈の彼が、随分幼く見えた。
アジアの人間は欧米から見れば皆童顔であるし、日本も勿論そうであるが、彼の場合は年齢と外見のギャップがその比ではない。
しかし、それはあくまで見た目の話であり、実際彼が生きてきた歴史は、自分から見てもとてつもなく長いのだ。


ふと先程までの中国の姿を思い出す。
記憶が朧げで半分以上は覚えていないが、酒が入ったせいでお互い饒舌になり、あらゆることを話した気がする。
一番多かったのは、かつての弟たちへの愚痴であろう。


改めて、中国のほうに視線を送る。




「……お前、あんなこと言う相手、いるのかよ」




あんな風に不満をぶちまける中国は、初めて見た。

かつて、世界の中心として栄華を極めていた中国。
だが、やがてその座を他の国々に蹴落とされ、苦渋の日々を送ることになった。
国はバラバラになり、植民地と半ば変わらない状態だった。



「(…なんて、原因を作ったのは俺だけどな……)」

かつての自分の振る舞いを、かつての世界の姿を思い返す。


あれから、世界は大きく変わった。
世界の覇権を争うような時代ではなくなった。
決して、平和とは言えないが、少しずつ、穏やかになってきた。
こうやって、自分と中国が隣り合って話すことができる日が来るなんて、あの頃は思いもしなかった。


過去のような絶対的な力はないものの、彼が、日本やその他アジアの国々にとって、兄という立場であることに変わりない。
かつて、自分がアメリカにとってそうだったのと同じように。
しかし、国が独立してもなおその立場が変わっていないこと、そしてその対象が広い点において、自分とは決定的に違っている。
兄、と言ってもそれを強く意識している国もないであろうし、仲の悪い国も多いように聞いている。
それでもきっと、彼が日本やその他の国に、弱いところを見せることはないのだろう。

いつも強くなくてはならない。それが、兄という存在だから。





でも、このままでは。愚痴や文句を言い合える相手がいないままで、全てを一人で抱え込んでしまったら。
――きっといつか、倒れてしまう。
自分にこんな心配をする資格はないのだろう、とは思う。
それでも、弟を失う痛みを、知っているからこそ。

このままには、しておけなかった。








「…愚痴くらい、俺が聞いてやっても……」


小さく、イギリスの口が動く。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
再び急に襲ってきた睡魔により、イギリスがテーブルに伏してしまったからだ。
すぐに、イギリスも小さな寝息を立て始めた。





中国の絶叫がイギリスの目を覚ますまで、あと数時間。
そして、イギリスが中国に先程の言葉を直接伝えられるようになるまで、あと―――。










***




マンガよりも、むしろこの小話を書きたくて考え始めたような気がします。
といっても、思いついたのはもう随分前なので、よく覚えていないのですが…。
イギリスは、友達は少ないにしても、結構仏兄ちゃんとかと愚痴を肴にお酒飲んだりしてると思うんですよね。でも、中国さんは…と思った訳です。
題名は、言葉の通り、歩み寄り始めた、最初の出来事…ということで。

080619*水霸