*注意*
直接的ではありませんが、若干の性表現を含みますので、苦手な方はご注意下さい。
英がものすごく酷いです。中は阿片でボロボロです。
二人が純粋に好きな方に土下座したい勢いです。
英中と書きましたがカップリングではありません。
愛など欠片も存在しません。
それでも良い、という覚悟がある方だけどうぞ。
何度目か分からない拳を受ける。反撃しようにも、体に力は入らず、なされるがままであった。
第一、今までに受けた傷と国に蔓延した阿片の影響で、既に体はボロボロだった。
しかし、それでも心を折られることは無い。
殴られることも、傷つけられることも何度も経験したことであったし、そんな窮地から国を立て直したことなど、数えきれないほどある。
それに、国として、戦いで負けたとしても、決して心までは負けぬ覚悟があった。
だから、よく知っていた。
殴られる痛みも――殴ることの痛みも。
そのどちらも知っているからこそ、中国は恐怖を覚えることも、弱音を吐くこともなかった。
どんなに殴られても、決して目を逸らさなかった。
ずっと、怒りと憎しみを込めて、相手を睨み続けていた。
「……何だよ、その目は」
そんな中国の態度に、イギリスは苛立ちを隠せない。
いくら殴っても、どんなにボロボロになろうと、目の前の相手の目は光を失わない。
相手の顔が絶望や苦渋の色に染まることは、決してない。
いくら阿片で国が廃れようと、戦争で負けようと――強さを、気高さを、失わない。
それが、中国が大国へとのし上がった理由なのだろう。
否、相手が大国であることは、今も変わらない。
イギリスには、その事実が酷く腹立たしかった。
相手のそんな目を見ていたくなくて、イギリスはもう一度中国を殴りつける。
しかし、目線が逸らされたのは中国が殴られたその瞬間だけで、すぐに元に戻される。
目線だけで、相手をひるませそうなほどの、その鋭さと、怒り。
優位に立っているのは、戦争に勝ったのは自分だというのに、この敗北感は何なのだろう。
「気に食わなかったら殴るあるか。まるで餓鬼あるな」
「黙れよ」
ハン、と挑発するように鼻で笑う中国に、ますます苛立ちが募る。
五月蝿い五月蝿い五月蝿い。
だんだん、信じられなくなった。
目の前の相手が、本当に自分が戦争で負かせた相手なのか。相手が、本当に傷だらけなのか。
体はボロボロのはずなのに、そんな素振りは決して見せない。
彼は、本当に傷を負っているのだろうか。
気付けば、イギリスは相手の服に手をかけていた。
それを衝動的に引き裂けば、すぐに、いくつもの傷が目に入る。
当然のことながら、中国の体は傷だらけだった。
その数は想像以上で、切り傷だけでなく、ところどころ青紫色に変色した痣があった。
それは、間違いなく自分のつけたものだった。
その痣の数の分、自分が相手を殴ったという事実がイギリスには信じられなかった。
しかし、それよりも。
相手の肌の白さと、浮き出た骨に、思わず言葉を失う。
中国は、イギリスの想像以上に痩せ細っていた。
そうさせたのは、自分以外の誰でもない。
そこから目を背けたいのに、何故か目が逸らせなかった。
イギリスは無意識のうちに手を伸ばし、そ、と骨の浮き出るその肌に触れる。
その時だ。
一瞬、中国の瞳が、揺れた。
それをイギリスは見逃さなかった。
すぐに、相手の驚愕の理由に合点がいった。
口の端がつりあがるのが、自分でも分かる。
「そうか、お前今まで戦争で負けたこと、ほとんどないのか」
つまり。
「侵略、されたこともないんだな」
瞬間、中国の元々大きな黒曜石のような瞳が、更に大きく開かれる。
そして、ほんの僅か、ほんの一瞬だけ、中国の顔に恐怖の色が浮ぶ。
初めて見た、相手のその表情に、イギリスはますます笑みを浮かべる。
「っ…やめるある!」
「お前に拒否権なんかねーよ」
中国の制止の声など、イギリスの耳には届かなかった。
――やっと、相手を屈服させられる方法を、見つけたのだから。
***
しかし、イギリスの思惑は外れた。息が上がり、頬が上気していても。
中国は、イギリスを睨み続けていた。
それにどうしようもない苛立ちを覚え、抵抗しようとする体を押さえつけ、容赦なく攻め立てる。
「……っ」
中国は声を上げまいと必死に唇を噛みしめる。
その力があまりにも強く、唇が切れて血が流れるが、イギリスがその唇に触れることは無い。
睦言を交わすこともなければ、抱きしめあうこともない。
それも当然だ。
この行為に、意味などないのだから。
「無様なもんだな。散々強気なこと言ってたくせに、自分をボロボロにした国に犯されて、感じてるなんてな」
「ふざけんのも大概に――っあっ……」
イギリスの言葉に反論するため、息が絶え絶えな中、中国は口を開く。
が、そこを狙ったかのようにイギリスが再び中国に触れたため、彼は即座に口を閉じることができず、声を上げてしまう。
自分のものとは思えない、声。
羞恥と怒りとで、更に頬が上気していくのが自分でも分かる。
中国はすぐに唇を噛み、イギリスを睨みつける。
しかし、睨まれてもイギリスは怯むことも、恐怖を覚えることも無い。
ついに上げられた声にイギリスはほくそ笑むと、行為を再開した。
中国は必死で唇を噛みしめ、何とかやりすごそうとするが、それでも声を抑えきることはできず、時折部屋に嬌声が響き渡る。
その度に、屈辱と苦痛と怒りとで歪む、相手の顔。
憎しみと嫌悪の中に見え隠れする、快楽におぼれそうになる表情。
それを見て。
イギリスは初めて、自分が目の前の相手に勝ったのだと、自身が優位に立っているのだと、実感できた。
中国は、最後まで理性を失うことはなかった。
しかし、途中でイギリスの言葉に言い返すどころか、イギリスを睨む余裕さえ失っていた。
ずっと唇を噛み締め、瞳をかたく閉じて、顔を背けて。
もう、鋭い眼光がイギリスに向けられることはなかった。
それにイギリスは心のどこかで安堵していた。
あの強い目線を向けられるたび、言葉に言い表せない感情が襲ってくるのだ。
「お前は。負けたんだよ」
最早意識があるのかないのか分からぬ相手に、イギリスは吐き捨てるように言う。
「いくら足掻いたって喚いたって、お前は…只の負け犬なんだよ」
心の強さなど、何の意味もなさないのだ。
だから。
「負けた奴は負けた奴らしく、大人しくしてろ」
***
目を開くと、既に日が高く昇っていた。
どのくらい意識を失っていたのかは分からないが、今の時刻が朝より昼に近いだろう事は、確かだった。
以前ならばもっと早い時間に起こしに来る者がいたのだが、今はほとんどの人間が阿片に侵され、
身の回りの世話をする者も、上司さえも、ほとんど顔を見ていない。
ただ、今回に限ってはそれは幸運だった、と中国は心の中で思う。
起き上がろうとして、腰のあたりに痛みが走る。
それは恐らく、昨晩の行為の余韻。そのことに気付いた中国は、思い切り顔を顰めた。
当の相手はといえば、恐らく自国へ戻ったのだろう、姿形も見えなかった。
当然といえば当然のことである。相手がここに滞在する理由など無い。
ここに来たのだって、元々は視察のようなものだったのだから。
と、そこで中国は自身にかけられていた黒い上着に気がついた。
自身が元々着ていた服は、いつの間にか自分で下敷きにしていたし、第一そんな黒い上着は見覚えのないものであった。
となれば、考えられる可能性は一つしかない。
上着を持ち上げたとき、鼻をくすぐった紅茶の香りが、その予想を確信へと返させた。
「人を犯しといて上着かけてくなんて、意味わかんねーあるよ」
中国はどこか呆れたようにそう呟くと、ぎゅ、とその上着を握りしめた。
「……どうして」
あらゆる感情が、心の中を渦巻く。
「どうしてお前は、他人も自分も傷つけることしかできねーあるか」
脳裏に浮ぶは、昨晩自身の体を見たときの、相手の表情。
否、その時だけではない。今まで、自分を殴っていたときも。
ほんの時折垣間見せる、その表情。
恐らく、本人も無意識なのだろう。その感情に、気付いていないのだろう。
「人を傷つける痛みも知らねー若造が、『勝った』なんて、口にするのもおこがましいある」
中国からすれば、イギリスは力をもてあました子供だった。
何も分からずに、突然強力な武器を与えられた、子供。
自分だけが他より優位に立っていると勘違いし、周りを威圧し脅迫することでしか、他人と付き合うことができず。
周りを従え、自分のおかれている状況が、楽しいと必死で思い込んでいる、自分の孤独から必死に目を逸らしている、寂しい子供。
そんな状態では、自身の傷に、気付けるはずがない。
他人を傷つけた自分に、傷ついたなんて言う資格がないとでも思っているのだろうか。
人を傷つけておいて、自分も傷ついている、なんて一見ムシが良いように感じられるかもしれない。
しかし、それは違う。
人を傷つける痛みを知って初めて、自身の罪を知ることができるのだ。
中国にとって、自分の傷を知ろうとしないのは、自身の罪から逃げているのと同義であり、臆病者以外の何者でもなかった。
彼が憎い。憎くてたまらない。赦すことなど、おそらく一生できないだろう。
しかし、あんな表情を見てしまった後では。
――どうしても、憎みきれなかった。
この甘さが、いつも命取りになっていることなど、自分自身が一番よく分かっている。
それでも、あんな辛そうな相手は、見ていられなかった。
相手が、あんな顔を見せなければ。迷うことなく、相手を憎むことができたのに。
自分に感情があるのと同じように、相手にも感情があるのだ。
例えそれが、自分を、国を傷つけ荒らした相手だとしても。
あんな哀しそうな表情は、見たくなかった。
「……もし」
もし、今の自分に相手を倒せるくらいの力があったなら。
誰にも、あんな酷い表情はさせないのに。
――自分の力のなさが、ひどくもどかしかった。
***
080124*水霸