夜になり、イギリスはここ数週間滞在をしている屋敷へと戻った。
ここにいるのは出兵をした国とその上司ばかりである。
しかし、そこにいるものは皆イギリスを見ても、言葉をかけてくることはない。
一度目を合わせても、すぐに自分の会話へと戻っていく。

――これが、自分の選んだ道なのだ。
イギリスはそう自分に言い聞かせる。
誰にも頼らず誰にも縋らず、自分の足で生きていく。
それに、何の間違いがあろうか。
そう思って皆がいる広間を早足で通りすぎようとするが、苛立ちを抑えることはできなかった。








夕食も終わり、各々が眠りについても、イギリスは眠ることができなかった。
一人で食堂に居座り、酒を飲み続けていた。
テーブルの上に置いてある空き瓶からしても、飲んだ量は尋常でなかったが、それでもイギリスは飲み続けた。
空になったグラスに再び酒を注ぎ、グラスを持ち上げ傾けようとする。

しかし、それは誰かの手によって制止させられる。
イギリスが振り向けば、そこには中国が立っていた。
自らのすぐ背後に来るまで相手の存在に気付かなかったのは、それだけイギリスが酔っていたせいであろう。
普段とは違い髪を下ろした姿と相手の行動に一瞬呆気にとられるも、イギリスはすぐに眉を顰め、相手を睨みつけた。



「…何の用だよ」
「酒はこんな風に飲むもんじゃねーある」
中国はそう言うと、あっという間にイギリスがテーブルの上に置いていたグラスを奪った。

「返せ」
「こんな風に飲んだら酒が勿体ないある。大体、お前相当酔って…」
「うるせぇ」

イギリスは中国の言葉を一蹴し、そしてハン、と鼻で笑った。

「こんなときまで敵の心配かよ。随分お優しいんだな」
「誰にも相手にされないよりは、ましだと思うあるね」

イギリスの言葉に、中国は皮肉っぽく笑って返す。
一方、その言葉を聞いたイギリスは眉を吊り上げた。

「何だと…」
「お前は何をそんなに荒んでるあるか。」

中国にそう言われ、イギリスの脳裏には先程の光景が浮かんでくる。

久しぶりに、アメリカの姿を見た。
確かに目が合ったのに、向こうは表情一つ変えず、目を逸らしていった。
逸らす、というより正確には、自分の会話に戻っていっただけなのだが。
それが、無性に腹立たしかった。
独立し発展を続け、列強として兵を出すまでに成長したアメリカ。
それなのに、昔の恩も忘れて、こちらの存在をないかのように扱っている。
他の国々も、対応は似たようなものだった。






「…俺は、間違ってない」

前を向いてテーブルに視線を落とし、ぽつり、とイギリスが呟く。

「何を…」
「協力なんかしなくたって俺は一人でやっていける!馴れ合わなきゃ戦えないなんて弱い奴らのすることだ。
そうやって力をかき集めなきゃ戦えない奴らなんかただの負け犬だ!俺は一人だって戦える。それだけの力がある。誰に頼らなくたって生きていける。」

イギリスは俯いたまま一気にそうまくし立てると、口をつぐんだ。
中国は暫く黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。


「頼ることと縋ることの違いも分からないようじゃ、お前は一生強くなれないあるな」
「な…」
イギリスは顔を上げ、中国のほうを振り返った。
強い瞳が、イギリスを射抜く。

「協力と依存の違いも分からないあるか。だからお前はまだまだ餓鬼あるよ。一人で生きていけることが強さだと思うのなら、お前は一生一人でそうやってるよろし」
中国はそこで言葉を区切り、口の端を吊り上げた。

「…他人を信じることもできない臆病者が、生意気言ってんじゃねーある」
「黙れよ」
「国も人間も、一人じゃ生きていけない。お前は今まで、ずっと一人でいたとでも言うあるか。一人でもそこまで成長できたと、言えるあるか」

いつも、一人で戦った訳ではない。
時には同盟を組み、戦場へ足を踏み入れた。
確かに、他の奴の手をとったことはある。
しかし、それは利害が一致したからにすぎず、それに依存したことはない。
ただ。
思いがけず助けられたことも、支えられたことも、笑いあったことも。
ない、とは言い切れなかった。


だが、それではイギリスの今の生き方を、根底から否定してしまうことになる。
イギリスは何も言わなかった。
中国はそれに構わず言葉を続ける。

「我から言わせてみたら、お前のほうがよっぽど弱いある」
「…その俺や他の奴らに思いきり体分割されてるくせに、よくそんなことが言えるな」
イギリスがそう言い返すと、中国は一瞬目を見開く。
しかし、すぐに表情を一変させ、イギリスを睨み付けた。

「そんなん、すぐに取り戻してやるあるよ」
「こんなにたくさんの国の兵がいるのに、か?」
「そんなの、お前らが今回の騒動に乗じて出兵してきただけじゃねーあるか」
「今回の騒動よりも前から、既に分割されてんだろ」
「それでも――絶対、取り戻してやるある」


今の中国の状況からすると、そんなことは到底無理だということは、火を見るより明らかだった。
イギリスにとっても、中国の発言など軽く笑い飛ばしてしまえるようなものだった。
しかし。
イギリスを睨む中国の視線には、数多くの国に侵略されているものとは思えぬ強さがあって。
まるで、彼の言葉が、現実になりそうに思えて。
イギリスは、何も言うことができなかった。


しばし沈黙が流れた後、イギリスが椅子を引く音だけが部屋に響いた。
イギリスは立ち上がると、すぐ近くに立っていた中国を突き飛ばし、自身の部屋に向かった。
一方、中国は突き飛ばされながらも二、三歩くよろめくだけで済み、イギリスの後ろ姿を黙って見送った。













二年後。



「英國!」

それは、イギリスが自国の租借地視察のため、中国を訪れた時であった。
誰かに名前を呼ばれ、立ち止まって振り返ると、そこにいた人物はいきなり襟首を掴んできた。
自分をこんな風に呼ぶ人物など、一人しか考えられない。
イギリスは怒りの表情を浮かべ自身を睨む中国を、怪訝そうに見た。
租借に対しての怒りがあるのは変わっていないだろう。
しかし、視察には何度か訪れているし相手が急に怒りを露にする理由が分からない。
暫くの沈黙の後、中国が口を開いた。


「…日本と同盟、なんて一体何を企んでるあるか!」
「は…?」
「お前のことある、日本を利用しようとしてるに決まってるある」

そう言って、中国は手に力を込める。

「あの子を倒すのは、我ある。手を出したら、許さないあるよ。」

口ではそう言いながら、中国の行動と視線は、まるで。
日本を傷付けたら許さないと、そう言っているようであった。


「違う」
そのどちらも否定するように、イギリスはきっぱりと言う。

「違うって、何が…」
「…お前が、言ったんじゃねーか」
「は?」
「こういうのが、強さなんだろ」

イギリスがそう言うと、中国は呆気にとられ思わず手の力を緩めてしまう。
それに気付いたのかいないのか、イギリスはその手を振り払い、早足で歩いていった。






「……別に、あいつに言われたから、同盟を組んだ訳じゃない」

中国から離れた後、イギリスは小さく呟いた。

実際、あれからしばらくは同じ政策を貫いていた。
しかし、状況は悪化する一方で。
やっと、一人で生きていくことの限界を悟ったのだ。
それに気付けたのは、あの時の言葉があったから、というのは否定しきれぬ事実だった。
自国を侵略しているものに忠告を与えるとは、一体何を考えているのだろう。
もし何も言わなければ、俺はどんどん弱くなっていったかもしれないのに。


「…何なんだよ、お前は」

先程自分を睨んできた相手の鋭い目が、イギリスの脳裏をよぎる。
自分が大変だというのに、他人を――しかも、俺と同じように中国を傷付けた国を心配する。

イギリスには、中国のその行動が理解できなかった。

















***




一応1900年のあの事件あたりの話のつもり、です。後半部は日英同盟締結後あたり。
このときの英の状況がしっかりとは分かっていないので矛盾などがあるかもしれませんが、捏造なのであしからず…。
あ、中国さんが髪をおろしてたのは寝てたからです。ふと起きたら食堂のほうが明るいのに気づいた、とかそんな感じで…。
またもや米英にも思えますが英中だと言い張ります。

080405*水霸