*注意*
暴力シーンあります。かなり殴っています。
英が暴力男です。中は阿片でボロボロです。
英中と書きましたがカップリングではないです。
幸せになれる要素なんてひとつも見当りません。
ひどいですこれ本当ひどいです。

スクロールすることを全力でお勧めしません。























































 目の前の姿に、恐怖すら覚えた。

以前と比べ明らかに頬は痩け、骨が浮いている。
あまりにくっきりと顕れた隈に、乾ききった唇。
長い黒髪の乱れた様子が、彼の今の状況を示している。
王朝は腐敗し、官吏は堕落し、人心は迷走した。
しかし四千年の時を生きた彼はそんな時代を幾つも見てきたもので、弱りはすれど斃れはしなかった。

今、その躰を酷く蝕んでいるのは阿片の煙である。
それはあまりに広く深くこの中国という広大な国家に沁み渡った。
――それは、この国に阿片を持ち込んだ張本人ですら予想し得なかったことで。





「ひどいザマだな」
「……誰の所為だと、」

 思ってるあるか、という中国の言葉に、イギリスは薄い笑いを浮かべた。

「俺が何したって? 阿片なんかに手ェ出す方が悪いんだよ」

選んだのはお前らだ。
幾らかの銀と引き換えに、一時だけでも幸せな夢を見られることを望んだのは、お前たち中国の国民なのだから。

「ふざけんなある。大体密航は禁じた筈で」
「知るかよ」
「積み荷を見つけたら没収して処分するようにと……命じたあるよ。そんな船、二度と港に入れんなと」
「もう無理なんだよ」

イギリスは中国の言葉を切り捨てた。

「いつまでも大国の栄光にしがみついてんじゃねえぞ。お前はもうボロボロなんだよ。
 役人の奴ら、ほんの数回分の阿片でも渡しときゃすぐ静かになる。
 あいつらみんなもう阿片がないと生きていけねえんだよ」

中国の表情が強張る。怒りと、悲しみと。

「生かしているのは俺だ。もう足掻くんじゃねえよ。
 そうすりゃお前んとこの国民は幸せな夢の中にいられるんだから」

幸せな夢、と。恐怖すら覚えるほどに蝕まれた躰を晒す中国を前に、イギリスは言った。
何処に幸せな夢があろうか。自らの躰を支えることすら難いというのに。

「阿片を奪われたらお前の国民は、苦しみを覚えるばかりだろ」
「………許さねーある」


 中国の躰が動いた。
渾身の力、とはこれのことを言うのだろう。
その弱りきった躰の何処にそんな力があったのか、傷のすべてを思わせないほどの速さで、中国はイギリスへ拳を突き出した。
しかし矢張り弱った躰の放つ拳はあまりに軽く、イギリスの左手はその拳を受け止めた。
次の瞬間、思い切り殴られたのは中国の方だった。
容赦なく頬を抉られ、口の中に血の味が広がる。

「ガタガタうるせえな、お前は文句言わず茶売って阿片買ってればいいんだよ」

理不尽な言葉だとか、分かっている。

「中毒患者が厳禁論だとかふざけたこと言うんじゃねえよ。
 お前いつまでも自分が大国だなんて思うなよ、阿片中毒者」
「うるさいのはそっちの方ある」

ぱし、と中国がイギリスの手を払った。

「我がお前の思う通りになるなんて自惚れは止すあるよ、この若造が」
「何だと」
「お前ごときに中国は変えられないある。――否、何も変えられや」



 中国の言葉が途切れたのは、イギリスが再び中国を殴りつけたからだ。

軽かった。

中国の躰を地に倒れさせた、それにしてはその拳が受けた感触はあまりに軽すぎた。
どうしようもなかった。
ただその感触を



「何だよ、お前」



その感触を、信じたくなかったのかも知れない。
この軽すぎるほどに軽い感触を作ったのは自分ではなかっただろうか。
何も変えられないというのなら、これは何なのだ。

信じたくなかったから、何度も殴りつけた。
夢から覚めるために、何度も何度も殴りつけた。
中国は抵抗しなくなった。諦めたのではなく、体力が尽きたのだろう。

それでも、殴った。
信じたくない事実を、殴れば殴るほど拳が覚えてゆく。
もうこの血を、拭いとることはできない。



 腕の感覚は最早なく、右手に力が入らなくなった。
喉が渇き、それと同時に吐き気が込み上げる。
何だか、吐くことは許されないような気がした。

この思いを吐き出すことは、許されない。



 まだ感覚の残る左手を伸ばした。
傷だらけで蹲る躰、その乱れた黒髪を掴み、引きずり上げた。
影の落ちる顔の中の、その黒い瞳と目が合う。

■ ■ ■ ■

これが、力尽きるほどに殴られ続けた者のする顔か。
痣だらけの腫れ上がった顔、もう意識を保つのもやっとであろう、彼は黒い瞳でまっすぐと睨みつけてくる。
その鋭い眼光は、消えなかった。光は決して失われない、強く耀き続けるもので。

■ ■ ■ ■

恐ろしい。この、中国という存在。
自分は何も変えられないのだと、痛いほど、苦しいほどに理解できた。
終わらせることはできない。強すぎる、果てしなく。





 その唇が僅かに動いた。
声は聞こえない。
聞こえない声はこの先、殴りつけた感触と吐き気とともに、忘れることはできないのだろう。










「許 さ な い」
















***



たお(倒/斃/手折)れぬ光【耀】

080124*檜扇