「………あ」





 その夜、唐突に目が覚めたのは、何となく寒いような気がしたからだ。
寒い夜はいつも通りなのに、そう感じたのは、

「スーさん、……が、いない」

その傍らに微かな温度が残ってはいるものの、隣にあったはずの彼の姿はそこにはない。
誰もいないシーツの脇へと手を伸ばす。



もう馴れたのだろうか。
当たり前のように隣で眠る夜、外した眼鏡をそっと置き、
横になると抱き締められるのは、初めて一緒に眠った夜から変わらない。
あれは、僕が寒いと言ったから。

『温い?』

スーさんのその声その温度を、今でもまだ覚えているのに。



「……何だ、これ」

視界が滲んだ理由なんて、全く分からなかった。
ただ傍らの温度はやがて冷えて、シーツが彼を忘れてゆく。
あの夜から、何も変われない僕は、今





 窓を開けてみる。
きんと冷えた空気が流れ込む。
厳しい冬に、微かな温度なんて意味をなさないことを、僕は知っている。



「………んおい」
「へっ?」

 振り返ると、外に出ていたのか重たそうなコートを着たスーさんが、そこに立っていた。

「……スーさん、」
「おめぇ、起きとっだんか?」
「あ、ちょっと目が覚めちゃって」
「……そっが」

そう言うと、彼は黙ってしまう。

「スーさんは、どうしてこんな夜中に」
「………空」
「空?」

と、スーさんは目を細めて、窓の外を見やった。

「きっどまだ、大丈夫んだ」
「へ?」
「こっち………こ」

頭からコートを被せられ、手をひかれた。

「ちょ、スーさん?」



扉を開けて、寒空の下へ。
でも、その空気よりも僕の手を握ったスーさんの手の方が冷たくて、
それでも今ならきっと涙は凍ってしまうから、僕はただスーさんに続いて歩いてゆく。
今だけじゃなく、今までもこれからも。

自分の手が温かいから相手を温めてあげられるんじゃないかなんて幻想で、
実際は冷えきったスーさんの手と僕の手は同じ温度になってゆく。

それでもいいんだ。
同じ温度が、傍にあるから。



「何、なんですかスーさん」
「空」
「だから空、って」



 言葉が、途切れた。

真っ暗なはずの空に、光が揺蕩う。
薄靄のような色をしたそれは闇に多い被さるように揺らめき、四方に淡く光を放った。
その光の名を極光――戦神の使者として夜空を駆けるヴァルキリウルの甲冑の煌めき。
今までにたびたび見たことはあったが、それが幾度めであろうと息を呑んでしまう。
僕らは結局何にも及ぶことができないのだと思わせるような、偉大さと雄大さを感じた。

「おめぇに見せたがったんだども……寝とっだがら」

その言葉にどうすることもできなくて少し頷くと、
手を握るスーさんの力が、少し強くなった。
だから僕も、それに応えられるように握り返す。



「スーさん、ありがとうございます」
「………ん」



ああ、少しだけ微笑んだスーさんの目が優しい。

この夜は冷たく僕らに突き刺さるけれども、
きっとあの空を見上げられるたびに隣の温度を思い出すことができるんだろう。







冷えきった手の、温もりを。















***



極光=オーロラ(これはローマ神話の暁の女神Auroraの名に由来)
戦神=北欧神話における最高神オーディン。戦争と死の神。
ヴァルキリウル=古ノルド語で「戦死者を選ぶ者」の複数形。
 ドイツ語のワルキューレにあたり北欧神話に登場する複数の半神。
北欧神話においてオーロラはワルキューレの鎧の輝きと言われる。

Wiki参照。スーさんの話し言葉が難しすぎて死にそう。

080104*檜扇